築地・銀座界隈

築地本願寺

 1617年浄土真宗本願寺派の別院として浅草近くに建立されました。

 1657年振袖火事で坊舎を焼失し、築地へ移転。

 1923年関東大震災に伴う火災により本堂を焼失しましたが、建築家

  伊藤忠太の設計により現在の本堂の姿になりました。

 2012年浄土真宗本願寺派の直轄寺院となり「築地本願寺」と名称

  が改められました。

 2014年国の重要文化財に指定されました。

歌舞伎座

 1889年福地源一郎らが中心となり初代歌舞伎座を開場しました。

 1911年純日本式の宮殿風に大改造しましたが、1921年焼失。

 1924年奈良朝に桃山様式を併せた大殿堂となりましたが、空襲により

  焼失しました。

 1951年に修復され、2010年に立替のため休館、2013年に現在の

  かたちとなりました。

築地(場内・場外)市場

 1935年関東大震災で壊滅した日本橋魚河岸が現在の場所に移転。

  貨物で運ばれた荷物を入れるため扇型に設計されました。

  戦後、場内に入りきらなかった業者や水産物商が自然発生的に街を

  形成し、現在の場外に発展していきます。

 1990年代後半から一般客も来場するようになり、現在は外国人にも

      人気の観光地となりました。

 2016年に豊洲への移転が決まりましたが、場外はそのまま残ります。

聖路加国際病院

 1874年イギリス国教会長老派の宣教師ヘンリー・フォールズが

  病院を設立。

 1917年聖路加国際病院と改称。

 1933年関東大震災で崩壊した病院を再建。

  戦後はアメリカ軍に接収され、1956年まで米軍極東中央病院と

  して使用されました。

 1992年震災後の仮設病院跡地に新病院が完成。

 1995年に発生した地下鉄サリン事件の際には最大の被害者受け

  入れ先となりました。

活字発祥の碑

 1873年平野富二が長崎新塾出張活版製作所を設立。

 1877年初の活字略見本が発行されました。

 1923年長崎新塾出張活版製作所の跡地に旧コンワビル設立。

 1971年全日本活字工業会・東京活字協同組合の発起により、

  コンワビル敷地内に記念碑が建立されました。

新橋演舞場

 1925年新築開場。川村徳太郎の発案で設立した新橋演舞場株式会社

  が起源といわれています。

 1940年松竹株式会社と興行契約を結びました。

   第2次世界大戦で空襲のため焼失し、1948年に復興。

 1978年新装されましたが、正面玄関のレンガやゆとりある客席空間

  など旧演舞場設計の精神が受け継がれています。